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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)7632号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 長谷岳

被告 乙野太郎

主文

1  被告は、原告に対して、金二二二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年八月四日から完済まで年五分の金銭の支払をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  第一項中金二二万五、〇〇〇円の支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。

事実

(原告の求める裁判)

1  被告は、原告に対して、金三二二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年八月四日から完済まで年五分の金銭の支払をせよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言。

(原告の請求原因)

一、原告は、昭和八年七月一日、郵便局員として勤務する父甲野一郎・母月子の四女として出生、北海道の道立○○高等学校を病身のため中退後療養生活を送り、治癒してより、農業手伝・会社員等の経歴を経て、昭和三九年頃より○○市○区○○町三の二八に本店を有する○○○化粧品本舗に就職し、「ビューティ・コンサルタント」として業務に従事し現在に至る傍ら、アルバイトとして昭和四三年一〇月頃から、同年一二月中旬頃迄の間○○市○町○丁目七七三番地のバー「○○○○」にホステスとして勤務したこともあった。原告の○○○化粧品本舗より支給を受ける給与は、歩合制により月平均金五万円位である。

原告は生来病弱の上昭和三一年頃から肋骨カリエス・背髄炎等を患い、結婚適齢期を療養生活のうちに送ったため未婚であるが、昭和三二年二月一九日から創価学会に入信し、信仰に打ち込み性格素行極めて真面目で、勤務先の成績も良好であった。

二、(1) 被告(大正一四年八月三〇日生)は薬剤師で、○○市○○○七五番地所在の○○○○株式会社の取締役で同社の工場長として勤務しているが、原告が前記の通りホステスのアルバイトをしていたバー「○○○○」に昭和四三年一〇月末頃より来客としてあらわれ、原告を知るに至り、内縁の妻とは同棲中である身分を秘し、原告に対し自分も創価学会員で独身であると称し、連夜の如く来店して言葉巧に言い寄り、同年一二月初頃「自分の子供が欲しい。是非結婚して呉れ。創価学会員同志でもあるからきっと幸福になれる」と婚姻の予約を申込み、原告は一旦返答を留保したが、前後三回に亘って熱心に原告の承諾を求め、原告方に戸籍謄本一通及び婚姻届用紙三通を持参して説得し、情交関係を迫ったので、原告も遂に被告の言を信じてこれに応じ関係を結び、茲に婚姻予約が成立した。

(2) 爾来、原告は被告と四回乃至五回に亘り情交関係を結んだが、昭和四四年一月初頃原告が被告の居宅を訪れ、同棲中の内縁の妻のあることを知り、被告を責めたところ、被告は「必ず別れて貴女と結婚する。信じてくれ」と懇願するので同人の言を信じた。そして原告は昭和四四年一月下旬頃妊娠するに至ったので、被告に右事実を打明けたところ、意外にも被告は「そんな体で生めるか、堕せ」と放言し、俄に冷い態度を採ったので、止むなく同年二月二〇日○○市○○○丁目四五二番地○○産婦人科院において妊娠中絶の手術を施した。それ以来被告の原告に対する態度は急激に冷却の度を加え、原告を疎外するに至ったので、これを見兼ねた知人の浅野一が被告の勤務先に被告を訪れ、その態度を責めたところ却って被告より「うるさい、第三者の知ったことではない」と怒号され、追い返される始末であった。

(3) それ迄の間、原告は被告より「会社の経営が困難であるから一時資金を融通してくれ」との申入れを受け、将来婚姻すべき被告の為

同年二月二〇日 金五万円

を弁済期を同月末日とする約定で貸与した。その後右金員の返済を受けぬまま前記の通り被告の態度が急変し、一時絶望の感を抱いたが、同年四月一五日頃被告が原告に対し「金三〇万円あれば仕事も立直ることができるし毎月金五万円を内妻に渡せば同女と別れることができる今迄の態度は悪かった。ゆるしてくれ」と申向けるので原告はその言を信じ、被告が前非を悔悟し、真に原告と婚姻して呉れるものと考え、弁済期を同年七月一五日限りとして金二〇万円を貸与した。

(4) 然るに被告は、右金員に対し同年五月初頃金二万五〇〇〇円を返済したのみで、その後は原告と会おうともせず、一方的に婚姻予約を破棄して、履行するに至らなかった。

三、以上被告の原告に対する婚姻予約不履行によって、原告は処女の貞操権及び名誉を侵害され、且つ、貸借名下に合計金二五万円を交付したが、残額金二二万五〇〇〇円の返済を受けていない。

(1)  貸金  二二万五〇〇〇円

(2)  慰藉料   金三〇〇万円

原告は独身の処女であったところ、その貞操を蹂躙され、妊娠中絶までしてその肉体も深刻な傷害を受け、将来他に良縁を求めてまともな婚姻を為すことも殆んど絶望となり、傷心懊悩の日を送って居る状態で、その蒙った損害は測り難く、これを仮りに金銭に見積れば、少くとも金三〇〇万円に相当する。

(合計金三二二万五〇〇〇円)

四、よって、被告は原告に対し、右金員支払の義務があるので、その支払を求める。

理由

被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから、原告の主張事実を自白したものとみなす。

そうすると、原告の貸金請求は理由があり、また原告主張の事実関係によると、原告に対する慰藉料は二〇〇万円が相当と認められる。

よって、原告の請求中、貸金二二万五、〇〇〇円及び慰藉料二〇〇万円の支払を求める部分は正当であるから認容し、その余の慰藉料請求を失当として棄却し、民事訴訟法八九条、九二条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。なお、慰藉料二〇〇万円の支払を命ずる部分については、仮執行は不相当と認める。

(裁判官 橋本攻)

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